東日本大震災支援活動

■東日本大震災七回忌法 (平成29年3月11日)

 3月11日高崎市若松町の龍廣寺様にて東日本大震災七回忌法要と高崎駅にて托鉢を行いました。早いもので震災から六年が経ちますが現地の方々は未だ癒えない傷を抱えて生活していると思われます。
 托鉢によって集まりましたご寄付は被災地へ届けさせていただく予定としております。これからも、自分たちに出来る事を少しずつ行っていきたいと思います。
 今年も南相馬市へのボランティアを予定しており、また、今年は御巣鷹山墜落事故三十三回忌ともなります。藤岡の光徳寺さんにて行う予定となっています。またご報告出来ればと考えています。

東日本大震災七回忌法

■福島ボランティア (平成28年11月1日・2日)

 11月1日2日に福島県南相馬市小高地区にボランティア作業へ行ってきました。今回は震災から6年をむかえるということで七回忌法要も厳修してきました。また曹洞宗復興支援室分室にも伺いこれまでの福島の話やこれからの復興支援のお話をきかせていただきました。
 今回の作業は塚原地区という場所の公会堂の清掃、塗装、草刈でした。公会堂脇に地区の慰霊碑がありましたので、供養法要後の作業となりました。
 今年中には浪江町も避難指示解除になり、より一層のボランティアの手が必要になるのではないかとのお話もあり、長い支援が必要だと実感できる活動でありました。

2016年福島ボランティア

■陸前高田市炊き出し支援 (平成28年10月末)

 東日本大震災から6年の月日が過ぎ、七回忌となります。十三教区で支援を続けている陸全高田市の仮設住宅も住まわれている方が減り、昨年10月末の炊き出し支援が最後の支援となるかもしれません。自治会長さんのお話では次回来ていただくときは残っていても3件で、公営住宅が完成次第転居予定とのことでした。6年という歳月を仮設住宅で過ごすということも大変な苦労があったことと思います。仮設住宅から出られるまでは支援しようと檀信徒の皆様方にもご協力いただいて支援し続けることが出来ました。大変ありがとうございました。
*詳細は十三教区報に掲載されています。

陸前高田市炊き出し支援
陸前高田市炊き出し支援

■東日本大震災慰霊法要 (平成28年3月11日)

東日本大震災物故者慰霊法要と托鉢  3月11日高崎市若松町の龍廣寺様にて東日本大震災物故者慰霊法要と高崎駅にて托鉢を行いました。震災から5年が経ちますが現地の方々は未だ癒えない傷を抱えて生活していると思われます。津波、放射能とこれからも考えて行かなければならない問題がたくさんあるでしょう。陸前高田市、南相馬市へのボランティアを今年も予定しておりますのでまたご報告出来ればと考えています。

 托鉢によって集まりましたご寄付は被災地へ届けさせていただく予定としております。これからも、自分たちに出来る事を少しずつ行っていきたいと思います。

■福島ボランティア (平成27年10月末)

 10月末に福島県南相馬市小高地区にボランティア作業へ行ってきました。放射能の警戒が解けて入れるようになった地域です。若手有志7名で行ってまいりました。小高地区も除染作業も至る所で見受けられ復興の兆しが見えてまいりました。とは言え、依然として立ち入り禁止区域や夜間進入禁止は変わっていませんでした。
 今回の作業も5月の時同様竹の伐採作業となりました。今回はチッパーも借りられたので、切る係、枝払い係、チッパー係と分け効率良く作業することができました。また、福島の有志が2日目に応援に来てくれ、また九州から教職員組合の方が何名か来られて一緒に作業に従事しました。教員の方々は、被災地は遠いので中々現地に来ることが出来なかったが、ずっと被災地に対してボランティアを行いたいと思っていたそうです。来て実際に作業して感じる事を大切にしたいともおっしゃっていました。
 南相馬市も今年の4月に帰還目標が掲げられましたので、より一層ボランティアの手が欲しいそうです。皆さんの周りにも是非お話をしてみてください。

福島ボランティア2015年

■陸前高田市炊き出し支援 (平成27年10月21日~22日)

 毎年恒例の陸前高田市への炊き出し支援に行ってきました。今年は10月21日22日の行程で行いました。震災から半年ということで9月に例年行っていましたが、今回は10月の実施でした。天候が安定しているので助かりました。灯籠、行燈、祭壇を設け、慰霊法要を行い、その後カレーうどんと焼きまんじゅうを振る舞い、交流をしながら食事を一緒に食べさせていただきました。昨年39戸でしたが、32戸と戸数が少し減り、公営住宅が少しずつ出来上がり、我々の支援している仮設住宅もあと3年ほどで出られるのではないかと話されていました。
*詳細は十三教区報に掲載されています。

陸前高田市炊き出し支援2015年

■福島ボランティア (平成27年5月)

福島ボランティア 竹の伐採 5月に南相馬市尾高地区へボランティアに行ってまいりました。今回は、ビニールハウスの撤去と竹の伐採が主な仕事として割り当てられました。放射能の関係や土地の関係により伐採して良い場所と駄目な場所、伐採可の木や不可の木とありましたが、マイチェーンソーを持参し、竹の伐採は普段自分の寺で行う事があるので特に問題なく作業を行うことができました。
 また、昨年は有志で行きましたが、今回は群馬県曹洞宗青年会で募集を募り、福島県の青年会とも協力しましたので、総勢44名で活動が出来ました。まだまだ、労働支援が必要だなと実感出来るボランティア活動となりました。また、一般ボランティアで参加されている方から貴重なご意見もいただけ非常に有意義な経験を積むことができました。今後も微力ながら支えていけたらと考えています。被災地の様子やボランティアの様子はお寺の書院に1冊の本になっておいてありますので、来山の際は是非御覧下さい。

福島ボランティア 集合写真

■東日本大震災物故者慰霊法要及び托鉢 (平成27年3月11日)

東日本大震災物故者慰霊法要及び托鉢 3月11日高崎市下横町の向雲寺様にて東日本大震災物故者慰霊法要と高崎駅にて托鉢を行いました。
 震災から4年が経ちますが復興への道のりは未だ険しいものがあります。特に放射能の問題はいつ解決するかもわからない状況とも思えます。
 昨年福島県南相馬市へボランティアに行きましたが、今年も5月に予定をしております。3月11日の托鉢によって集まりましたご寄付はその時に福島県へ届けさせていただく予定としております。これからも、自分たちに出来る事を少しずつ行っていきたいと思います。

■福島ボランティア(平成26年10月末)

 10月末に福島県南相馬市小高地区にボランティア作業へ行ってきました。放射能の警戒が解けて入れるようになった地域です。若手有志九名で行ってまいりました。放射能という目に見えない物への恐怖、影響等も頭をよぎりましたが、福島の曹洞宗若手僧侶からの要請もあり視察も兼ねて現地入りをしました。
 福島の富岡ICを出ると脇道には警察車両が停まっており1本の道しか通れないようになっていました。また、6号線を走行すると道路脇の店、民家への出入り口はすべてバリケードがされ、進入出来ないようになっていました。また、スクリーニング場もあり、車の放射線量を量れる場所もありました。
 初日は3カ所ほど慰霊碑をまわり供養諷経を行い、地元寺院にて供養法要を行いました。慰霊碑前では、碑の真後ろに船が打ち上げられたままの光景が未だ目に焼き付いております。3年経過しても時間が止まってしまっているように感じられました。ボランティアセンター長のお話でもやはりボランティアの数が少なく作業も思うように進まないとのことでした。やはり放射能の問題が足を重くさせるのかもしれません。機材は十二分に揃っていますが、それを使う人が足りないのが現状のようです。翌日のボランティア作業も黙祷を捧げた後に、ビニールハウスの撤去作業を担当し、草の生い茂るフレーム撤去に苦戦を強いられましたが、まわりの光景や福島の方々の思いを胸に全員が精一杯の活動を行えたと思いました。現地に行って実際に見て感じることは何物にも代えることの出来ない経験の一つではないでしょうか?東日本大震災のことを忘れず、記憶新たに活動できるように努めてまいりたいと思います。

福島ボランティア

この本堂の左半分程に一時震災によってなくなられた方の遺骨が安置されていたそうです。身元が判明しすべて引き取られたそうですが、本堂左奥の部屋には石塔が流された時に流出してしまった遺骨が未だ安置されていました。

福島ボランティア2

■被災地炊き出し(平成26年9月6日)

今年も被災地支援に行ってきました。9月6日に13教区有志寺院、群馬県曹洞宗青年会有志で昨年同様陸前高田市の仮設住宅へ炊き出しと追善供養法会に行ってきました。けんちんうどんや焼きまんじゅう、豆腐白玉のフルーツポンチを振舞ったり、支援物資を搬入したりと震災後からの支援を続けています。当日は、天候にも恵まれ、追善供養法会を無事に厳修することが出来ました。長學寺檀信徒の皆さんにも沢山ご協力していただき有難うございます。追善供養法会では灯篭を200個、行燈2基にろうそくを灯し厳修しました。被災してから3年半ということで、転居された方もいましたし、まさに引っ越し中という方もおられました。中には我々が来るので仮設住宅に新居から来てくれた方もいらっしゃいました。ですが、まだまだ復興への道は険しそうです。我々が行っている仮設住宅から少し海に向かって行ったところにも仮設住宅がありますが、そこは学校の校庭にあり、我々の行く仮設住宅に住んでいる方が転居されると学校の校庭の仮設住宅の方が移動してくる事になるそうです。なるべく学校の仮設住宅を空けて校庭を使用できるようにするそうです。1年に1度ですが、現状を見て震災の記憶を思い起こし、これからも、出来ることを無理なく継続して支援していきたいと思います。尚、支援物資も引き続き受け付けていますのでよろしくお願い致します。
受付物資は・お米・石鹸・洗剤・下着・肌着・義援金の場合は上記の物資等をこちらで購入して現地へ持っていきます。

2014年被災地炊き出し

■支援物資累計のご報告(平成23年8月~平成26年6月)

支援者計618名様(団体を含む)

○米4,507kg(お米券を含む)
○下着類1,031枚 ○靴下類511足 ○衣類364点 ○風呂敷214枚
○鍋・やかん類66点 ○日用品9,274点(タオル・洗剤・バック類他)
○義援金1,010,989円

■13教区東日本支援活動報告(平成23年8月~平成25年10月)

米4,282kg(お米券含む)、下着類962枚、靴下類482足、衣類354点、風呂敷214枚、鍋・やかん類66点、日用品8,272点(タオル・洗剤・バック類他)、義援金615,099円を支援物資として届けました。
引き続き、お米、義援金、支援金、石鹸、洗剤等を受付けています。無理のない継続的な支援をよろしくお願い致します。

■被災地炊き出し(平成25年)

昨年の現地炊き出し支援から早くも1年が経ちました。今年は9月5日に十三教区有志寺院、群馬県曹洞宗青年会有志で昨年同様陸前高田市の仮設住宅へ炊き出しと追善供養法会に行ってきました。けんちんうどんや焼きまんじゅうを振舞ったり、支援物資を搬入したりと震災後からの支援を続けています。当日は、あいにくの天気ではありましたが、追善供養法会を行う時は雨が止み無事に厳修することが出来ました。長學寺檀信徒の皆さんにも沢山ご協力していただき有難うございます。追善供養法会では灯篭を百八十個、行燈3基にろうそくを灯し厳修しました。これからも、出来ることを無理なく継続して支援していきたいと思います。尚、支援物資も引き続き受け付けていますのでよろしくお願い致します。 受付物資は・お米・石鹸・洗剤・下着・肌着・義援金の場合は上記の物資等をこちらで購入して現地へ持っていきます。

被災地炊き出し

■被災地炊き出しと物故者供養法要(平成24年9月10日)

万灯供養平成24年9月10日に13教区有志と青年会有志とで陸前高田市の仮設住宅へ炊き出しと供養法要に行ってきました。
有志各々、ごま豆腐作り、けんちんうどん作り、抹茶接待、万灯供養準備と分担して行いました。物故者供養では灯籠125基、行燈3基にろうそくを灯し追悼供養を行いました。炊き出しがあまりなかったようで、大変喜んでいただけました。自治会長さんも仮設に住んでる方がたくさん炊き出しに出てくれて仮設住宅内の交流を深めることもできたと喜んでくださいました。仮設住宅内でも中々交流がなく、炊き出しのようなイベント的なもので住んでる人同士の交流が何よりもありがたいとのことでした。そして初めて万灯供養を見たようですごくきれいで厳かで心が安らぐとのお言葉も頂けました。
帰り際に、「あの日のこと、被災した我々のことを忘れずに想ってくれている人がいることが何よりも仮設に住んでいる我々の心の支えになっています」と声をかけられました。
我々ができることは何か、小さなことでも出来ることを少しずつ、何かしら被災地の方の支えとなるような活動が出来ればと改めて思います。今回ちょうど別保世話人 清水栄二様よりお米100キロを頂き、無事に届けて参りました。ありがとうございます。引き続き支援物資を受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

■支援物資を集めています

下記の物を東日本大震災の被災地に届けています。ご協力をお願い致します。

○お米 ○石鹸・洗剤など新しいもの
○冬物の下着(シャツ・パンツ)など新しいもの
○義援金(主に支援物資輸送費等に当てさせていただきます。)

-支援物資お届け先-
支援物資受付所にご持参いただくか、お送り下さい。なお、直接お持ちいただく場合は、前もってご連絡をお願い致します。

-支援物資受付-
・各菩提寺(13教区31ケ寺)または
・曹洞宗 群馬県宗務所 第13教区事務所「宝積寺」まで
 〒370-2203 群馬県甘楽郡甘楽町轟774
 TEL 0274-74-2743 FAX 0274-74-3024
※6月以降は「福厳寺」まで
 群馬県甘楽郡甘楽町善慶寺421-1
 TEL 0274-74-2140

「あれはいったい何だったのだろう・・・」
  岩手県陸前高田市 菅野 千恵子


あれはいったい何だったのだろう・・・
3年8ヶ月経った今でもわからない


なぜ、私はこの道を毎日通るんだろう・・・
震災前は通ることがなかったりんご畑の坂を下り
突然真正面に海の見える場所に出る
この場所を通るたびにいつも思う
ここから見える海は以前と同じなのに
街が見えない 街がない・・・


あの日あの時が悔やまれてならない
なぜ私は姉の元へ行かなかったのか・・・
姉と一緒に高台へ向かわなかったのか・・・
なぜ自分だけ・・・


季節は巡り 四季の花々が咲いても
一緒に愛でる姉がいない・・・
季節の野菜や果物が実っても
一緒に味わう姉がいない・・・


年老いた実家の母は
姉の好きだった野菜を作りながら
今も姉の帰りを待っている・・・


他の姉たちよりも
一番長い時間一緒だった
気がつくといつも一緒だった
姉の弾く大正琴・・・大好きだった
姉の好きだった季節
姉の好きだった色
姉が口ずさむ歌・・・忘れられない


あれから3年8ヶ月
悔やまれてならない
思い出したくない光景
でも・・・忘れてはいけない・・・